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東京高等裁判所 昭和52年(う)1829号 判決 1977年11月09日

被告人 吉田修三

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中七〇日を原審の言い渡した本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人国分友治および被告人本人作成名義の各控訴趣意書に記載されたとおり(弁護人は、被告人の控訴趣意は事実誤認、法令適用の誤りおよび量刑不当の主張である旨陳述した。)であるから、これらをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

被告人本人の控訴趣意中、事実誤認および法令の適用の誤りを主張する点について。

所論は、原判示第一の詐欺および同第二の強盗致傷の各事実につき、要するに「被告人は、本件当時、四万円を所持しており、代金支払の意思も能力もあつたから、原判示キヤバレー「セラヴイ」における無銭飲食の詐欺罪は成立しない。また、被告人は、同店ホステス高橋邦子とドライブをしようと思い、金は旅館に忘れて来たと嘘をいつて同女を連れ出し、被告人運転の自動車に乗せてドライブ中、同女の態度が冷たくなり、『金を払わないなら、警察に訴える』などと言つたので、カーとなり、同女の首を手で少し押えたところ、同女が『人殺し』と叫んだので手を離した隙に、同女が車外に飛び出したので、金を渡そうと追いかけると勘違いされそうなので、そのまま逃走しただけで、同女から何らの金品をも強取していない。したがつて、被告人が、もしキヤバレー「セラヴイ」で無銭飲食をし、飲食代金の支払を免れ、財産上不法に利益を得たことにより詐欺罪で処罰されるとすれば、右高橋邦子に対し、傷害を負わせ、同一の飲食代金の支払を免れ、財産上不法の利益を得たとして強盗致傷罪が成立するいわれはなく、単に傷害罪が成立するにすぎない。」というのである。

そこで、記録を調査して検討すると、原判決が原判示第一および第二の各事実につき掲げる関係証拠を総合すれば、被告人は、昭和五二年四月四日茨城県久慈郡大子町所在の旅館「久慈川館」に泊り、翌五日午後九時三〇分ころ同旅館の浴衣と丹前姿で原判示キヤバレー「セラヴイ」に赴いたが、当時被告人は、所持金約六千円位しかなく、同旅館の宿泊代の支払もおぼつかない状態であつたこと、被告人は、右キヤバレーで代金支払の意思も能力もないのに、同店ホステス高橋邦子(当時三六年)に対し、これあるように装つて酒食の注文をし、原判示第一のとおり、同日午後一一時ころまでの間、同女からビール五本、ライム酒四杯、ウイスキー一杯、トマトジユース四杯等代金合計一万二、六〇〇円相当の酒食の提供をうけてこれを騙取したこと、被告人は、右飲食代金の請求をうけるや、前記高橋邦子に対し、金は旅館に置いてあるから一緒に取りに来てくれと嘘をいつて同女を騙し、同女を被告人が運転して来たレンタカーに同乗させて一旦前記久慈川館に戻り、同女を車内に待たせたまま、同旅館内で着替えをしたうえ、同旅館をぬけ出し、同女を乗せたまま右レンタカーを運転し、大子町内を走行中、原判示第二のとおり、同女に対し、「今日は友達が来ないから、金は明日にしてくれ。」と嘘をいつて欺そうとしたが、同女から「店に行つてマスターに話をつけてくれ。」といわれたので、同女に暴行を加えて逃走し、前記飲食代金の支払を免れようと考え、自車を原判示路上で停車させ、その車内の助手席に坐つていた同女に対し、やにわにその頸部を両手で絞めつけ、同女をして一時失神させるなどの暴行を加えてその反抗を抑圧し、助手席ドアーをあけて、悲鳴をあげながら車外に逃げ出した同女をその儘置き去りにして逃走し、よつて右飲食代金の支払を免れ、財産上不法の利益を得たが、その際右暴行により同女に対し、原判示の傷害を負わせたこと、以上の事実を認めることができる。

所論は、無銭飲食による詐欺罪が成立する以上、同一の飲食代金の支払を免れたことをもつて強盗罪が成立するいわれはない旨主張するのであるが、本件のように、被告人が、当初から代金支払の意思も能力もないのに、被害者を欺罔して飲食物を提供させ、その段階で財物騙取による詐欺罪が成立する場合には、被告人はその故に騙取した財物の代金を支払う義務を免れるものではないから、被告人が、その後において、前記のような状況のもとに、右代金を受け取るために同行した、被害者であるキヤバレー「セラヴイ」経営者村井京模の代理人高橋邦子に対し暴行を加えて右代金の支払を免れた場合には、別個の法益を侵害するものとして、右詐欺罪のほか強盗(致傷)罪が成立するものと解するのが相当である。したがつて、所論は採用できない。記録を調査して検討してみても、原判決には所論の指摘するような事実の誤認、法令適用の誤りは存在しないから、論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意(量刑不当)および被告人本人の控訴趣意中、量刑不当を主張する点について。

所論は、いずれも原判決の量刑は甚だしく重きに失するから、できる限り寛大な裁判を求めるというのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、被告人は、東京都品川区内の有限会社富士架設工業の経営者飛鳥井豊久方に住み込み、同会社の溶接工として働いていたものであるが、昭和五二年四月一日以降同会社をやめるつもりで同日右飛鳥井方を出て、連日大井競馬場で馬券を買つて遊興し、その間所持金が乏しくなつたため、原判示第三のとおり、勤め先である前記会社の駐車場から溶接用の機材を窃取して売却し、その売却金でさらに馬券を買つて遊興したうえ、同月三日レンタカーを運転して茨城県下にいたり、同県大子町において、前記のとおり、詐欺、強盗致傷罪をおかして逃走中、警察官に逮捕されるのを恐れて右レンタカーを乗り捨て、原判示第四のとおり、普通乗用自動車等を窃取して宮城県仙台市に赴き、原判示第五のとおり、常陽銀行仙台支店において、前記自動車と共に窃取した普通預金通帳を利用して預金払戻請求書を偽造し、これを行使して、金員の払戻しをうけようとしたが、係員に感付かれたため、その目的をとげずに逃走し、さらに岩手県一関市にいたり、原判示第六のとおり、一関田村町郵便局において、前記自動車と共に窃取した定額郵便貯金証書を利用して郵便貯金貸付申込書兼借用証書を偽造し、これを行使して係員を欺罔し、現金四万五、〇〇〇円を騙取し、同県内で前記窃取した自動車を乗り捨てて、東京都内に立ち戻り、上野駅の地下道に寝起きしていたが、さらに静岡県下に赴くつもりで、原判示第七のとおり普通貨物自動車を盗んで運転中、警察官の検問にあい、逃走中ハンドルを切りそこなつて自車を交差点の防護柱に衝突させて逮捕されたというのであつて、以上のような被告人の本件各犯行に至る経緯、各犯行、特に原判示第二の強盗致傷の犯行の内容、態様のほか、被告人には原判決判示の累犯前科があることなどを考慮すると、被告人が、原審の段階で、前記村井京模に対し、被害金の弁償として一万三、〇〇〇円、前記高橋邦子に対し、慰籍料として二万円をそれぞれ支払い、さらに当審の段階になつて、被告人の母親において、原判示第六の被害金四万五、〇〇〇円を弁償したこと、被告人が、若年であり、改悛の情も認められることなど、所論指摘の諸事情をできる限り被告人に有利に斟酌してみても、被告人に対し懲役七年(求刑同八年)を科した原判決の量刑は、けだしやむを得ないものというべきであつて、これをもつて重きに失して不当であると認めることはできないから、この点に関する論旨も理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数中七〇日を刑法二一条により原審の言い渡した本刑に算入し、当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引紳郎 石橋浩二 藤野豊)

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